もう腸がないお話

藤井哲也

今から遡ること41年前に私の身体に起こった“もうちょうがない(盲腸が無い)エピソードをご紹介させていただく。

当時、私は若干21歳という若き青年の中、某精神科病棟に長期入院中であった。

ということは、頭がイカれていたがため?やむなくの入院生活の真っ只中であった訳である!!

そういう時に私の身体に起こった身体機能の不調の物語をこの場で皆さんに暴露公開したい。

 たまたま自宅(当時親と同居)に外泊した時、お腹に痛みを覚え外泊を終え病院へ戻り、

早速腹痛の症状を訴えたのだ。

その場の診察の判断で急性虫垂炎(盲腸炎)だろうとの診断を受けたのだ!

さてさて、通常なら即外科の病院に診察に行くのだが。

当時の精神科病院の現状はそのような時の対応とは、一にも二にも通常システムの流れではないのだ!

なかなか退院に結びつかない精神科医療システムなのだ!

さあさあ、皆さんおわかりいただけるであろうか?

 私のこの先にあるであろう結末ストーリーとは⁉️

すぐに診察の上、開腹手術へ向かうの当然ではあるが。結局、退院の難しさゆえに薬で散らす方策を講じたのだ。しかしながらその方策がためにかえって腹膜炎を起こしてしまう厄介な結果に至ってしまった(しまった…!)のだ。

私の運命は、如何に!?

と、いう訳で当然同病院施設には手術すらできる医師も設備もないので

「もうしょうがない」ということで仮退院という超法規的措置?を講じる運びに至った!

 たまたま、私が入院中の精神科病院の隣に国立の総合病院があり、そちらへ即ビョイ~ンと転院という形にあいなった次第である!

つまりは、このような実態も昔の精神科病院の入院体制のシステムにあったということである!

そして転院したその日に即開腹手術、盲腸を摘出し“もう腸がない”に至り一応めでたくも手術後約1週間後に退院し、また元の精神科病棟にカムバックしたということである!

 因みに、私は腹を切るような治療体験は生まれて初めであるどころか、精神科以外の病院に入院したこともなく自分にとってひとつの貴重な経験であったことこの場で特記したい。

そして、僅か一週間の入院生活の中同じ病室の患者さんとの会話や触れ合いを通してまた違った人生体験をさせていただいたことを話に盛りこみたい。

 私は、そこの患者さん(勿論、精神疾患にはほど遠い身体の疾患や怪我を理由に入院治療中の方々)との触れあい会話を通して、また違った世界を垣間見た感を覚えたのだ。

そして隣の精神科病院から転院し手術を受けたこと、そしてまた元の病院に戻り精神病の治療に専念、退院を目指すこと等々を伝えた。

そういう会話の中、予想以上にこのようなこころの病というものを知らない世の中の方々の存在を知り唖然としたものだ !

また、ある程度のことを知っている患者さんに私たち精神疾患当事者に対する、

例えば偏見差別を感じるかまで踏み込んだ質問もした。

その点には割りとそのような感じ方や考えのないこと

(ただ、その場で私に対する配慮も当然あればの話ではあるが)

なども伺うことができた。

 そういうこの体験から想うこととは、身体の治療と精神の治療には少なからず治療療養の進め方に極めて難しい課題が暗在するのだと感じたものだ。

そして、今このような昔の私の記憶のストーリーを辿る旅を振り返りながら想い感じる

こととは、人間の持ち得る肉体と精神性とは、何ぞやと想いを馳せながら私の歩んで来た人生の旅路にいやおう無しに良かったとするべきだな⁉️と瞑想(妄想?)するのである!

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